北海道の赤飯はなぜ甘納豆?実は母の時短術だった発祥の真相を徹底解説

北海道の赤飯はなぜ甘納豆?実は母の時短術だった発祥の真相を徹底解説

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北海道で甘納豆赤飯が誕生した背景には、明確な発祥の歴史が存在します。その生みの親とされるのが、札幌市にある光塩学園調理製菓専門学校の初代校長・南部明子(なんぶ あきこ)氏です。

昭和20年代後半から30年代にかけて、北海道は戦後復興と開拓の熱気の中にありました。当時の女性たちは家事のみならず農業や仕事に追われ、極めて多忙な日々を送っていました。本来、小豆を使った伝統的な赤飯を作るには、豆の渋抜きから数回に及ぶ茹でこぼし、煮汁によるもち米の着色、そして蒸し器での本格的な加熱など、数時間におよぶ熟練の手間と時間を要します。少しでも火加減を誤れば、豆の皮が破れる「胴割れ」を起こし、お祝い事には不向きとされていました。

「多忙を極める母親たちが、もっと手軽に、失敗なく美味しいお赤飯を家族に作れないだろうか」――そう考えた南部明子氏が、当時手に入りやすかった市販の甘納豆を炊飯時に加える画期的なアイデアを考案。ラジオや料理講習会を通じて全道に普及させたことが直接の起源と記録されています。さらに、甘い味付けを好む子どもたちの舌に合致したことも手伝い、瞬く間に北海道全域の家庭料理として定着していきました。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。