廃業が告知された当時、SNSやメディア上では「なぜ技術を伝承しなかったのか」「クラウドファンディングで工場を建て替えられなかったのか」「大手菓子メーカーがレシピを買い取るべきだった」といった議論が巻き起こりました。しかし、それらの外野の声とは裏腹に、高林氏自身は生前のインタビューにおいて明確な美学を語っていました。
「この仕事は誰にでもできるもんじゃないし、やらせちゃいけない。朝早くから熱い釜の前に立ち、夏場は室温が40度を超える中で手を動かし続ける。それだけ苦労しても、1袋10円ちょっとで売る商売だ。こんな大変な思いを、弟子や他人の子どもに背負わせるわけにはいかない」
報道関係者の取材メモに残るこの言葉こそが、後継者を作らなかった本質的な理由です。高度経済成長を経て日本の物価が何倍にも跳ね上がる中、梅の花本舗は子どもたちが小遣いの10円玉を握りしめて買える価格設定を死守し続けました。利益率数%という極限の薄利多売は、「自分の身体を資本として削る一代限りの自己犠牲」によってのみ成立していたビジネスモデルであり、近代的な企業経営や第三者への事業承継とは根本的に相容れない構造だったといえます。