愛宕神社を訪れた参拝者の多くが口を揃えるのが、「登った石段からそのまま引き返してはならない」という不文律です。この禁忌が語り継がれる背景には、信仰上のスピリチュアルな意味合いと、現実的な安全配慮という2つの決定的な要因が存在します。
信仰面における最大の理由は、「掴んだ出世運を自ら手放して転がり落ちてしまう」という縁起担ぎです。この石段は、険しい試練を乗り越えて立身出世を遂げた故事になぞらえた場所。一段ずつ踏みしめて登る行為そのものが「キャリアのステップアップ」を意味するため、そこを逆戻りして下りることは、出世街道からの転落や地位を捨てる行為と解釈されてきました。
同時に見逃せないのが、傾斜約40度・全86段という凄まじい物理的傾斜です。上から見下ろすと、階段のステップが見えなくなるほど切り立っており、一歩足を踏み外せば下まで滑落しかねない恐怖感を覚えます。雨の日や雨上がりはもちろん、乾いた日であっても下りの危険度は極めて高いため、事故を防ぐ先人の生活の知恵としても「下るな」という戒めが定着しました。