2006年2月、野呂佳代は「第二期AKB48追加メンバーオーディション」に合格し、アイドルとしての第一歩を踏み出しました。のちに伝説と呼ばれるチームKの初期メンバーとして、大島優子、宮澤佐江、秋元才加らと共に秋葉原のAKB48劇場のステージに立ち続けました。
当時のAKB48は現在のような国民的アイドルグループではなく、客席が埋まらない日も珍しくない過酷な環境でした。その中で野呂佳代は、持ち前の明るさと圧倒的なトーク力、表現力豊かなダンスで公演を牽引。体育会系と称されたチームKにおいて、精神的な支柱としても重要な役割を果たしていました。
シングル選抜曲『会いたかった』などで選抜入りを果たしたものの、前田敦子らを擁する王道アイドル路線が主流となる中で、バラエティ担当としての立ち位置を模索せざるを得ない葛藤の日々が続きました。しかし、この劇場公演で培った「どんな状況でも客席を惹きつける度胸」こそが、後のタレント・女優活動の強固な基盤となったことは間違いありません。