13代佐渡ヶ嶽親方の本名は鎌谷忠茂(かまたに・ただしげ)。山形県尾花沢市の豊かな自然に育まれ、名門・学校法人日大山形高校を経て角界入りを果たしました。部屋の門を叩いたのは1984年(昭和59年)2月のこと。雪深い山形から上京した若き鎌谷青年を羽田空港で出迎えたのは、他ならぬ師匠である先代佐渡ヶ嶽親方(第53代横綱・初代琴櫻)自らが運転する車でした。この運命的な出会いから、同年5月場所に新弟子検査を受検、7月場所には「琴今野」の四股名で西序の口47枚目からプロの第一歩を刻んでいます。
のちに「琴ノ若」へと改名すると、均整の取れた堂々たる体躯と美しい立ち合い、そして左四つからの豪快な寄りや投げを武器に幕内上位へと定着。貴乃花、若乃花、曙、武蔵丸といった平成初期の黄金期を築いた横綱陣を相手に幾度となく金星を奪い、土俵を大いに沸かせました。日本相撲協会が公開する公式プロフィールによると、その生涯戦歴は785勝764敗100休(通算130場所)、うち幕内戦歴608勝657敗84休(90場所)という驚異的な息の長さを誇ります。敢闘賞5回、殊勲賞2回という受賞歴が物語る通り、大一番での勝負強さは当代随一でした。
転機が訪れたのは2004年。先代師匠が体調を崩して入院を余儀なくされた際、部屋付き親方が5名在籍していたにもかかわらず、現役バリバリの関取であった琴ノ若が「師匠代理」に指名されたのです。この異例の抜擢は、親方からの絶大な信頼と責任感の強さを証明するものでした。そして師匠が65歳の停年(定年)を迎えた2005年11月場所13日目、惜しまれつつ現役を引退。そのまま年寄・13代佐渡ヶ嶽を襲名し、名門部屋の屋根を正式に引き継ぎました。