ネット上のコミュニティや一部の言説において、「石原裕次郎のブレイクは兄・慎太郎の芥川賞受賞に乗っかっただけのコネではないか」という誤解が散見されることがあります。しかし、当時の一次記録や現場証言を精査すると、その見方は完全に的外れであることが分かります。
確かに最初のきっかけは兄の原作映画でしたが、日活の映画幹部たちが裕次郎に賭けた理由は、親族の威光などではなく圧倒的な映画的資質(シネジェニック)でした。
映画監督の市川崑や中平康らが証言している通り、裕次郎はカメラが回った瞬間に周囲の空気を一変させる天性のリズム感と脱力感を持っていました。当時の日本のアカデミックな演技論(新劇的な発声や大仰な身振り)とは対極にある、ハリウッドのマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンに通じる「リアリズムと無頼の空気感」を天然で体現できた唯一無二の存在だったのです。
さらに、撮影現場での気配りやスタッフへの敬意は20代前半から徹底しており、撮影所の大道具・照明スタッフから熱狂的に愛されたという逸話は数え切れません。単なる話題性だけであれば1〜2作で消費されていたはずの芸能界で、彼が日活の屋台骨となり得たのは、本人の類まれな人間力とプロフェッショナリズムによるものでした。