初期の革命期、色の並び順は決して固定されていなかった。赤が旗竿側にくることもあれば、水平の縞模様として掲げられるケースすら存在した。混乱に終止符を打ち、現在見られる「竿側から青・白・赤」の垂直三色旗を1794年に法律で定めたのが、若き軍人ナポレオン・ボナパルトの台頭期である。
ナポレオンは軍隊の軍旗としてこの規格を徹底させた。ヨーロッパ全土を震撼させた大陸軍(グランド・アルメ)の進軍とともに、トリコロールは「抑圧からの解放」と「帝国による征服」という二律背反のシンボルとして大陸中に刷り込まれていく。紋章学・旗章学(Vexillology)の慣例において、旗竿に近い側は最も名誉ある位置とされる。そこに王家の白ではなくパリ市民の色である青を配した配列構造は、王政復古を経ても二度と覆ることはなかった。