事件は1988年末から1989年初頭にかけて発生した。当時17歳だった被害者の少女が拉致され、41日間にわたって監禁・暴行を受けた末に殺害され、ドラム缶にコンクリートで固められて荒川沖の埋立地に遺棄された。捜査を担当した警視庁の捜査員らも、その惨状と犯行の異様さに言葉を失ったという。
司法の場でも激しい議論が戦わされた。東京地方裁判所での公判では、犯行の残虐性と被告たちの反省の色の薄さが厳しく追及された。しかし、当時の被告らが全員10代の少年であったことが、量刑判断に大きな影を落とすこととなった。