歴史の針を天正年間に戻そう。会津の地を治めた名将・蒲生氏郷が近江や京都から呼び寄せた職人集団こそ、この地に手仕事の文化を根付かせた源流だった。武士の内職として始まった紙漉きや漆器づくりは、やがて雪に閉ざされる冬の農村へ広がり、独自の会津張子へと結実していく。農閑期の内職が生んだ素朴な造形美は、日用品としての強さと、日々の平安を願う切実さを併せ持っていた。
大正から昭和にかけて民藝運動を牽引した柳宗悦は、名もなき職人たちが作る道具にこそ無我の美が宿ると説いた。日本民藝館の収蔵庫に並ぶ古い郷土玩具の数々を見渡しても、赤べこが放つ存在感はひときわ異彩を放っている。鑑賞されるためではなく、日々の暮らしの中で愛でられ、子供の健やかな成長を祈るために作られた民芸品だからこそ、時を経ても色褪せない生命力を湛えているのだ。