甲子園で春夏連続の好投を見せた際、ファンの間では「高卒でのドラフト指名確実」との声も少なくありませんでした。しかし、高校3年秋に山市投手はプロ志望届を提出せず、早稲田大学への進学を選択しました。
当時、関係者の証言や本人の進路選択の背景にあったのは、「プロで長く通用する投手になるための確固たる基礎固め」でした。明秀日立の金沢監督も、選手の将来を見据えて大学で心技体を磨くことを推奨。当時のインタビューなどでも、本人は「まだプロの世界で即戦力として戦い抜くには身体も技術も足りない。六大学のハイレベルな環境で圧倒的な存在になってから勝負したい」という趣旨の決意を明かしていました。
ネット上では「怪我で断念したのではないか」といった誤解や憶測も見られましたが、実際には極めて戦略的かつ現実的なキャリア設計に基づいた大学進学であったことが、現在の着実な成長からも証明されています。