朝倉未来のヤンキー時代を語る上で最も有名なエピソードが、敵対勢力との「50対2の喧嘩」です。この規格外の衝突は都市伝説ではなく、本人や当時の関係者の証言によって事実関係が明らかになっています。
当時、豊橋市内で活動していた暴走族グループの特攻隊長を務めていた朝倉未来は、近隣の複数チームと激しい抗争を繰り広げていました。ある夜、敵対する暴走族や不良グループ約50人に囲まれる事態が発生。逃げ場のない状況のなか、彼は親友と2人だけで立ち向かう道を選びました。
相手側は鉄パイプやバット、刃物などを手にした武装集団であり、朝倉自身も頭部を殴打され左手の指を骨折するなど重傷を負いました。さらには至近距離で拳銃を突きつけられるという、映画さながらの極限状態を経験しています。命の危機に直面しながらも一歩も退かなかったこの壮絶な修羅場こそが、リング上でも決して動じない鉄のメンタルを形成した原点でした。