紫吹淳(本名・棚澤理佳)は1986年、宝塚音楽学校72期生として初舞台を踏みました。同期には元星組トップスターの香寿たつき、男役スターの真織由季、現役レジェンドの専科・五峰亜季らが名を連ねる実力派揃いの世代です。愛称の「リカ」は本名に由来しますが、ファンや劇団関係者の間では、そのシャープで研ぎ澄まされた佇まいそのものがひとつのブランドとして語り継がれていました。
幼少期からクラシックバレエを本格的に習っていた紫吹は、すらりと伸びた手足のコントロールに長け、入団当初からダンスの評価が際立っていました。しかし、当時の彼女を単なる「技巧派ダンサー」にとどめなかった最大の要因は、立ち姿から立ちのぼる濃密な色気です。切れ長の涼やかな目元を細めて不敵に微笑む表情、計算し尽くされたジャケットの脱ぎ着や指先の残心。ファンや劇評家から畏敬を込めて「フェロモン皇帝」と称された所以は、宝塚の男役が目指す「理想の男性像」を独自のウエットなダンディズムへと昇華させた点にありました。
当時の劇場ロビーや劇評において、彼女の仕草ひとつに客席から悲鳴のような歓声が上がる光景は日常茶飯事でした。男役としてかっこいいことは前提条件でありながら、紫吹の放つ引力は「危険な大人の男」そのもの。群馬県でバレエに打ち込んでいた少女が、厳しい稽古の果てに獲得したその身のこなしは、宝塚100年を超える歴史の中でも際立って個性的でした。