神獣から妖獣、そして現代のポップアイコンへと姿を変えてきた九尾の狐の歴史は、人類が「自分たちの理解を超えた巨大な力や異質な他者」といかに向き合ってきたかを映し出す鏡にほかならない。
深層心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した「シャドウ(影)」の概念に照らせば、人間は自らの内にある認めたくない欲望や残虐性、あるいは制御不能な衝動を他者に投影し、それを「妖怪」や「毒女」と名付けて排除しようとする性質を持つ。鳥羽上皇の宮廷が玉藻前を討ち果たし、那須の荒野に封じ込めたのは、王朝末期の衰亡という直視しがたい現実を外へ切り離す心理的防衛機制であった。しかし現代を生きる私たちは、異物を安易に切り捨てて満足するのではなく、その脅威の根源を科学的に分析し(殺生石の自然風化の解明)、時に共生の道を模索する(クラマに象徴される受容)知性を手に入れている。
歴史ロマンやパワースポットとしての那須・殺生石を訪れる読者に向けて、旅と教養を両立させるための客観的な判断基準を提示したい。