『虎に翼』の主人公・猪爪寅子(伊藤沙莉)の造形には、実在の先駆者である三淵嘉子氏の生涯と経緯が色濃く反映されている。三淵氏は1914(大正3)年生まれ。明治大学専門部女子部法科を経て、1938年に高等試験司法科(現在の司法試験)に合格。中田正子氏、久米愛氏とともに日本初の女性弁護士となった。
戦前の過酷な男尊女卑、戦後の混乱期における夫との死別、幼い息子を抱えながらの裁判官採用への直訴、そして家庭裁判所の創設と「児童福祉・少年審判」への献身。これらはすべて三淵氏が実際に歩んだ足跡だ。しかし、ドラマ版と史実の間には、意図的かつ高度なフィクション化が施されている。
実話との最大の違いは、ヒロインを「非非の打ち所のない聖人君子」にしなかった点にある。三淵嘉子氏の手記や関係者の回想録によると、実際の三淵氏は情熱的で愛嬌があり、時に峻厳な指導者でもあった。吉田恵里香氏はこの生々しい人間味を活かしつつ、主人公の寅子に「恵まれた出自ゆえの無自覚な加害性」をあえて自覚させる展開を盛り込んだ。持てる者が無意識に持つ特権(プリビレッジ)への内省こそが、本作を単なる伝記から同時代的な批評劇へと押し上げた核心である。