ネット上の情報やSNSの投稿を精査すると、「カヌーはひっくり返りやすく危険」「カヤックなら転覆しても安心」といった二項対立的な誤認が散見されますが、これは物理構造と現場のセーフティ理論から見れば誤りです。
まず「カヌーの安定性」についての誤解を正す必要があります。静水平水面において、底が広く平らに設計されたカナディアンカヌーの「初期安定性(静止時のグラつきにくさ)」はカヤックよりも遥かに優れています。座席に座っている限り、通常の体重移動で即座に転覆することはまずありません。転覆の主原因は、船体から身を乗り出してバランスを崩す人的過失か、限界を超える横波を側壁から浴びた場合に限られます。
一方、より重要なのは転覆リスクと安全対策の真相です。万一ひっくり返った際のリスクマネジメントには根本的な差が生じます。
オープンデッキのカヌーが完全に水没・浸水(沈)した場合、船内に何百リットルもの水が入り込みます。水上で初心者が自力で水を掻き出して再乗艇することは事実上不可能です。陸地まで曳航するか、レスキュー艇によるTレスキュー(他艇の上にカヌーを乗せて排水する技術)を要します。
対するクローズドデッキのカヤックは、転覆時に水中でコックピットから脱出する「ウェットエスケープ」の技術が必要です。パニックに陥ると水中で足が抜けず深刻な事態を招くため、事前の脱出講習が義務付けられます。他方、シットオントップカヤックであれば船内に浸水しないため、水面からよじ登るセルフレスキューが最も容易です。
海上保安庁や水難学会の事故事例報告書によると、パドルスポーツにおける重大事故の約8割が「ライフジャケット(PFD)の非着用」および「急激な天候急変(突風・オフショアの戻り風)」に起因しています。艇種の優劣ではなく、救命胴衣の正しい着用と気象判断の遵守こそが生死を分ける絶対条件です。