腕神経叢を学習する過程で、多くの受験生が混乱を極めるのが「上位型麻痺」と「下位型麻痺」の鑑別診断です。インターネット上の簡易まとめ記事や掲示板などでは、断片的な情報が錯綜し、「どちらがウェイターの手位になるのか」「ホルネル症候群はどちらで合併するのか」といった混同が頻発しています。
この2大麻痺は、損傷を受ける神経根の解剖学的高位によって明快に二分されます。無用な混乱を断ち切るために、その対比構造を浮き彫りにしましょう。
1. エルブ麻痺(Erb麻痺 / 上位型麻痺):
出生時の難産(肩甲難産)による過度の牽引や、オートバイ転倒事故で肩と頸部が強く引き離される外力によって、上部のC5・C6神経根(または上幹)が引き抜かれたり断裂したりすることで発症します。
影響を受ける主な神経は腋窩神経、筋皮神経、肩甲上神経などです。肩関節の外転・外旋筋群や肘関節の屈筋群が麻痺するため、上肢は「肩関節内転・内旋、肘関節伸展、前腕回内」という特有の肢位をとります。これを給仕が後ろ手でチップを要求する姿に見立てて「ウェイターの手位(Waiter's tip position)」あるいは「チップをもらう手」と呼びます。
2. クルンプケ麻痺(Klumpke麻痺 / 下位型麻痺):
高所から落下する際に咄嗟に何かにぶら下がって腕が上方へ強く引っ張られたり、骨盤位分娩で上肢が強く牽引されたりすることで、下部のC8・Th1神経根(または下幹)が損傷します。
尺骨神経や正中神経の内側根が麻痺するため、前腕屈筋群や手内筋が広範に侵され、手指の細かい運動が完全に失われた「鉤爪手(鷲手変形)」を呈します。さらに重要な臨床的盲点として、Th1の交感神経線維(星状神経節へ向かう経路)が障害されることで、患側の瞳孔縮小、眼瞼下垂、眼球陥凹、顔面無汗症を特徴とする「ホルネル症候群(Horner syndrome)」を約半分以上の症例で合併します。
国試の臨床問題において、「上肢の下垂と前腕回内肢位」とあれば即座にエルブ麻痺(C5・C6)を、「手指の鉤爪変形とホルネル症候群の合併」とあれば間髪容れずにクルンプケ麻痺(C8・Th1)を選び出す瞬発力が求められます。