飼い主の間で長年信じ込まれてきた神話のひとつに、「犬が仰向けで抱っこされるのは、飼い主を完全に信頼しリーダーとして認めている証拠である」という説があります。いわゆる昭和から平成期にかけて流布した「アルファシンドローム論」に基づく考え方ですが、最新の動物行動学においてはこの言説は完全に否定されています。
仰向けにされてじっとしている犬の生体反応(心拍数、唾液中コルチゾール値)を測定した複数の行動研究によれば、多くの場合、犬はリラックスしているのではなく、過度の恐怖と身体拘束によって「フリーズ(偽死反応・緊張性不動化)」を起こしているに過ぎないことが判明しています。見た目には大人しく身を任せているように見えても、内心では極度のストレスに耐えているケースが少なくありません。
また、動物病院が検査や処置の際に行う「動物病院推奨の保定方法」と、家庭内でのスキンシップとしての抱っこを混同してはいけません。医療現場での保定は、注射針や医療機器による不慮の事故を防ぐために一時的に四肢の動きを制限する「安全管理技術」です。これを日常のコミュニケーションに持ち込み、無理やり締め付けるような抱き方を日常化させてしまうと、飼い主との信頼関係(アタッチメント)そのものが根本から崩壊してしまいます。