事件発生の報が東京に届いた瞬間、明治政府の首脳陣は凍りついた。シベリア鉄道の敷設を進め、東アジアへの影響力を強めるロシア帝国の怒りを買えば、開戦は免れない。外務省や内務省の官僚たちは文字通り血の気が引き、外交的失策を挽回するため手段を選ばない構えを見せた。
とりわけ伊藤博文や松方正義ら時の権力者たちは、犯人を即刻死刑にする以外にロシアの怒りを宥める術はないと確信していた。刑法第116条の「皇室に対する罪」を強引に適用し、死刑判決を下すよう司法へ執拗な働きかけを行ったのである。国を守るためなら法を歪めても構わないという、国家緊急権の妄信がそこにはあった。