映画『コ・トゥ・タモ・ペヴァ』の考察を進めると、本作が単なる戦時コメディではなく、極限状況における人間心理の病理を鋭く解剖した社会学的テキストであることが浮き彫りになります。
バスの車内で発生する出来事は、心理学でいう「代理攻撃(スケープゴート現象)」の典型例です。行く手を阻まれるトラブルの連続により、乗客たちのフラストレーションは行き場を失います。その結果、集団内で最も反撃の可能性が低いマイノリティ(ロマの少年たち)に攻撃の矛先を向け、集団の連帯感を疑似的に回復させようと試みるのです。この心理的防衛機制の暴走は、昭和・平成の日本社会でも議論されてきた同調圧力やいじめの集団心理と驚くほど一致しています。
さらに批評家たちが指摘するのは、バスそのものが「旧ユーゴスラビアという多民族連邦国家」の縮図であったという視点です。互いに不信感を抱き、他者を尊重せず、我田引水な主張を繰り返す乗客たち。彼らは頭上から壊滅的な爆弾が降り注ぐその瞬間まで、足元の小銭と身内の争いに夢中になっていました。1980年当時に提示されたこの痛烈な寓話は、1990年代に泥沼の内戦へと突入し解体していったユーゴスラビアの運命を恐ろしい精度で予言していたと言わざるを得ません。