神奈川県川崎市で育った今市隆二は、10代の頃から音楽への強い憧れを抱きながらも、高校中退後は建設現場の最前線である「ガス圧接工」として約5年間の実務に従事していました。圧接工とは、鉄骨や鉄筋同士をガスバーナーの高熱で加熱・加圧して接合する極めて過酷な専門職です。夏場は灼熱の現場で重い機材を扱い、ミリ単位の精度が求められる現場において、彼は若くして現場を束ねるチームリーダー(職長)を務めるほどの腕前と信頼を得ていました。
本人が自著やドキュメンタリー番組のインタビューで回顧している通り、現場での過酷な労働環境こそが彼のフィジカルと精神力を極限まで鍛え上げました。朝早くから夕方まで現場で泥と油にまみれて働き、夜はボイストレーニングに通うという生活を数年間継続。給与の大半をレッスン代につぎ込み、睡眠時間を削って夢を追い続けた下積み時代は、彼の代名詞である「実直さ」を形成する決定的な土台となりました。
当時の現場仲間や親方からも「仕事に対する責任感が人一倍強く、弱音を一切吐かなかった」と証言されており、単なる夢追い人にとどまらず、足元の仕事にも全身全霊で向き合う職人気質がこの頃から確立されていました。