教育関係者への取材や大手Q&Aサイトに寄せられる相談を精査すると、「大人になってから市役所の窓口で書類を書いていて、自分の書き順が人と違うことに気づいて青ざめた」「子どもの漢字ドリルを採点していて逆だと知った」という告白が頻出します。なぜこれほど多くの人が、示し合わせたかのように「3画目に中央の縦棒をズドンと下ろす」誤りを犯してしまうのでしょうか。
認知心理学および書字行動の観点から分析すると、そこには人間が図形を認識する際の強烈なバイアス(先入観)が作用しています。漢字には「小」や「水」「木」のように、左右対称の構造を持つ文字は「中央の縦棒から先に書く」という基本原則が存在します。「市」の文字も左右対称に近い安定したフォルムをしているため、脳が「まず中心軸を固定してから左右のパーツを添えるべきだ」と無意識に処理してしまうのです。
さらに決定的な要因は、漢字「市」の部首が「なべぶた(亠)」ではなく、下部に位置する「巾(はば・はばへん)」である事実が一般に失念されがちな点にあります。「巾」という漢字単体の筆順は「1画目:左縦、2画目:横折れ、3画目:中央縦」です。「市」は構造上、「亠」という冠の下に独立した部首「巾」がドッキングした文字に他なりません。下部が「巾」の書き順ルールをそのまま継承していると論理的に理解できていれば、途中で中央縦棒を差し込むような誤謬は原理的に生じ得ないはずなのです。