1998年、未唯mie氏が40歳、佃淳三氏が38歳を迎えた年に2人は婚姻届を提出しました。成熟した大人同士のパートナーシップとして、当時多くのメディアから祝福を受けました。
2人の出会いは音楽の仕事現場でした。ソロシンガーとして自身の表現を模索していた未唯mie氏にとって、ソニー出身で音楽業界の仕組みを知り尽くした佃淳三氏は、頼もしいアドバイザーであり理解者でした。仕事上の強い信頼関係が恋愛感情へと発展し、ゴールインに至ったのは極めて自然な成り行きだったといえます。
しかし、結婚生活が進むにつれ、パートナーシップの形態は複雑さを増していきます。夫である佃淳三氏が彼女のプロデュースやマネジメント業務に深く関与するようになったことで、「家庭内の夫と妻」と「ビジネス上のプロデューサーとアーティスト」という2つの関係性が日常的に混在するようになったのです。
当時の特番インタビューや関係者が漏らした言葉を総合すると、家庭のリビングに戻っても音楽の方向性やプロモーションの議論が続き、プライベートな休息の場が失われていった様子が伺えます。アーティストとして妥協を許さない未唯mie氏の美学と、ビジネスの採算や戦略を重んじる佃氏のプロデューサー視点が衝突した際、夫婦としての感情的な逃げ場がなくなってしまったのです。
2004年、約6年間の結婚生活にピリオドが打たれました。泥沼の裁判劇やスキャンダル合戦ではなく、話し合いを重ねた上での協議離婚でした。未唯mie氏は離婚後も記者会見などで相手を貶めるような発言は一切せず、互いの人生を尊重して別々の道を歩む決断を下したことを明かしています。