両親の離婚調停と巨額負債の発覚により、家庭環境は一変しました。当時、有名私立校(成城学園)に通っていた杏は、経済的困窮から学業の継続を断念せざるを得ない事態に直面します。
当時、兄の渡辺大も大学進学を控えており、兄妹そろっての進学は金銭的に不可能な状態でした。この時、杏が下した決断が「高校中退と自活」でした。兄には「男の子だから大学へ行ってほしい」と進学を譲り、自身は都立高校の通信制へ編入した後に中退。居酒屋やファミリーレストランでのアルバイトを掛け持ちしながら、本格的にモデルとしての活動をスタートさせました。
10代半ばの少女が背負うにはあまりに重い現実でしたが、杏は持ち前のプロポーションと強い意志を武器に、2005年からは海外のプレタポルテコレクション(パリ・コレクションなど)に単身で挑戦。現地で自らブック(作品集)を持ってメゾンをオーディションして回る泥臭い下積み生活を経て、トップモデルとしての地位を確立しました。モデルや女優業で得た収入をもとに、母親が抱えていた約2億円の借金を数年がかりで全額完済したと伝えられています。