衝突の瞬間、乗員を衝撃から保護するために瞬時に展開するエアバッグ。その中核部品であるインフレーター(ガス発生装置)に、タカタは他社と異なる極めて危険な化学物質を採用していました。それが硝酸アンモニウムです。
当時、競合他社は安全性の高いテトラゾール系化合物を主流としていましたが、硝酸アンモニウムは圧倒的に安価で、装置の小型軽量化に適しているというコスト上の優位性がありました。しかし、この物質には「温度差や湿気によって結晶構造が変化する(相転移)」という致命的な弱点が存在していたのです。
高温多湿の環境下に長期間さらされることで、成形された火薬ペレットが吸湿と乾燥を繰り返し、徐々に細かく崩壊して粉末化します。火薬の表面積が異常に増大した状態で衝突センサーが作動すると、設計値を大幅に超える猛烈なスピードで燃焼ガスが発生。耐圧限界を超えた頑丈な金属製キャニスターが内側から吹き飛び、鋭利な金属片(榴散弾のような破片)となって車内に高速で射出されたのです。
米国で発生したタカタエアバッグ死亡事故の真相を振り返ると、極めて痛ましい現実が浮かび上がります。首や顔面に金属片が突き刺さり、一見すると銃撃や刃物による刺殺事件と見紛う凄惨な現場状況が当局を混乱させた事例も報告されました。Carscoopsなどの現地自動車メディアによると、米国におけるタカタ製エアバッグに起因する累計死者数は28名以上に達しており、安全を担保するはずの装置が搭乗者を死に至らしめるという、工学倫理の完全な破綻を象徴する結果となりました。