慣れ親しんだ紙の保険証を廃止し、国家規模でマイナ保険証への移行を断行した背景には、日本の医療制度が抱える構造的課題と財政面での逼迫があります。厚生労働省や関係省庁が掲げた決定的な理由は、主に以下の3点に集約されます。
第1の理由は、「なりすまし受診や不正利用の根絶」です。従来の紙やプラスチックの健康保険証には顔写真が印刷されておらず、身分証としての偽造や、他者への貸し借り・使い回しが長年問題視されてきました。特に退職後にもかかわらず失効した保険証を使って受診し、後から保険者が医療費の回収に苦慮する「無資格受診」に伴う事務コストと医療費の未回収損は、年間数十億円規模に及んでいました。顔認証システムによる本人確認の厳格化は、公的医療保険の財源を守るための不可欠な一手と位置づけられています。
第2の理由は、「医療DXによる重複投薬・併用禁忌の防止」です。複数の医療機関を受診している患者が、同一効能の医薬品を重複して処方されたり、飲み合わせの悪い禁忌薬を投与されたりするリスクは、深刻な健康被害や医療費の無駄遣いにつながってきました。マイナ保険証を通じて過去3年分の診療・薬剤情報や特定健診データを医師・薬剤師がシステム上で確認できるようになり、より精度の高い投薬管理が実現します。
第3の理由は、「救急搬送時および災害時における医療アクセスの確保」です。意識不明の重症患者が救急搬送された際、救急隊員や救急医がマイナンバーカードの保険資格情報を照会することで、血液型、基礎疾患、過去の手術歴、アレルギー情報を瞬時に把握できます。カルテが流失・破損した大規模震災の避難所においても、クラウド経由で過去の投薬履歴を参照できる体制の構築が進められています。