萩本欽一の妻・萩本澄子の生涯|浅草の馴れ初めと別居闘病の真実

萩本欽一の妻・萩本澄子の生涯|浅草の馴れ初めと別居闘病の真実

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1966年に坂上二郎さんと結成した「コント55号」で一世を風靡し、萩本欽一さんは瞬く間に時代の寵児へ駆け上がります。超人的なスケジュールでテレビと舞台を往復する過酷な日々の中にあっても、澄子さんとの絆が途切れることはありませんでした。

澄子さんは欽ちゃんのブレイクを機に舞台から退き、表舞台から完全に姿を消して家庭的なサポートに専念します。2人は世間の目を避けるように静かに愛を育み、1973年頃からは都内のマンションで事実婚生活をスタートさせました。

日本中を驚愕させたのが、1976年に行われた緊急記者会見です。当代随一の人気スターとなった欽ちゃんが突如として開いた会見は、単なる結婚発表にとどまりませんでした。

「実は、すでに結婚していて子どもがいます」

テレビカメラの前で堂々と明かされた告白に、芸能記者たちは色を失いました。当時としては前代未聞の事後報告であり、スキャンダルになりかねない爆弾発言でしたが、欽ちゃんは「売れない頃から僕を養ってくれた恩人を、隠し続けることなんてできない」と澄子さんへの敬意を語り、世間は批判どころか温かい祝福で包まれたのです。

萩本家の家族構成は、欽ちゃんと澄子さん、そして3人の息子(長男・一和さん、次男・越史さん、三男・征樹さん)に恵まれました。澄子さんは子どもたちに対しても「お父さんは日本の皆さんを笑わせる偉大な仕事をしている」と誇りを教え込み、父親不在の多い家庭を完璧に切り盛りしていきました。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。