五島列島沖の暗い海で、大洋丸は一瞬にして炎と煙に包まれた。乗船していたのは、南方開発の要となる優秀な技術者や研究者たち。八田與一もその一人だった。魚雷着弾から沈没までの時間は短く、冷たい海へと投げ出された巨星の帰還は叶わなかった。後日、遺体は奇跡的に回収され、故郷・石川県金沢市および愛する台湾で手厚く葬られた。
台湾農業の父・八田與一の死亡に関する衝撃の真相は、近年の軍政記録や関係者の証言解析によって新たな光が当てられている。単なる戦時下の事故として処理されがちだった大洋丸撃沈事件だが、当時の軍部の密航計画や暗号解読の状況、危険海域への護衛不足など、いくつもの暗雲が重なった悲劇だったことが分かってきた。