日本神話の二大正史『古事記』『日本書紀』において、瀬織津姫の名は完全に抹消されています。これほど重要な神職必須の祓い神が、なぜ正史から排除されたのでしょうか。歴史・神道史の研究において有力視されているのが、7世紀末から8世紀初頭にかけての大和朝廷による権力集中政策です。
当時、持統天皇を中心とする朝廷は、皇室の正統性と権威を磐石にするため、太陽神である天照大神を「唯一無二の皇祖神(女性神)」として神話の頂点に据えました。その際、各地で強大な信仰を集めていた土着の水神や、天照大神と対をなすような力を持った女神の存在は、皇権統一の物語において都合が悪かったと推測されています。
明治維新期にも神社合祀令や祭神改名によって、瀬織津姫を祀っていた神社が「弁財天」や「市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)」へと祭神の書き換えを余儀なくされた記録が各地に残っています。この幾重にも重なる歴史的背景が、今日「封印された女神」と呼ばれる最大の要因です。