「集団から怠け者を排除すれば生産性が上がる」という考えは、進化生物学の視点から見ると決定的な誤りであることが証明されています。このメカニズムを世界で初めて実験によって実証したのが、北海道大学大学院の長谷川英祐准教授(進化生物学)らによる働きアリの研究です。
研究チームは、日本国内に広く生息するシワクシケアリのコロニーを対象に、一匹一匹に異なる色の識別マークを塗布して徹底的な追跡調査を実施しました。その結果、常に一生懸命働いているアリは約2割にとどまり、約6割は指示待ちのように必要最低限の動きしかせず、残りの約2割はほとんど働かずに毛づくろいや静止を繰り返していることが判明しました。
さらに決定的なのは、その後の追跡実験です。働いている上位2割だけを集めて新しいコロニーを作ると、最初は全員が活動するものの、時間の経過とともに再び「2:6:2の割合」に分散しました。逆に、サボっている下位2割だけを集めた場合でも、その中から必死に餌を運ぶ個体が現れ、やはり同様の比率が再現されたのです。
この現象の鍵を握るのが、専門用語で「反応閾値(はんのうちきいち)」と呼ばれる個体ごとの感度の差です。閾値とは、行動を起こすきっかけとなる刺激の限界値を指します。例えば、巣に卵の汚れやゴミが溜まった際、閾値が低い(敏感な)アリはわずかな汚れですぐに清掃を始めます。しかし、閾値が高い(鈍感な)アリは、汚れがよほど深刻な状態になるまで作業に取り掛かりません。
敏感な上位2割が次々と仕事を片付けてしまうため、鈍感な2割は「やるべき仕事が見当たらない状態」になり、結果としてサボっているように見えます。しかし、もし全員の閾値が同じで全員が同時に動き出してしまうと、全員が同時に疲弊し、突発的な外敵の襲来や大雨による巣の損壊といった緊急事態に誰も対応できなくなります。つまり、サボるアリは「怠けている」のではなく、組織が不測の事態に直面した際に出動する「交代要員・安全装置」として進化の過程で残されたのです。