なぜ東横インは、これほどの知名度と集客力を誇る熱海に進出しないのでしょうか。そこには「観光地・熱海」ならではの特殊な地理的制約と、ビジネスホテルチェーンが厳格に守り続ける投資回収モデルとの間に横たわる、深い溝が存在します。東横イン熱海ない理由は、主に4つの構造的要因に集約されます。
第一に挙げられるのが、圧倒的な平地不足と土地取得コストの高騰です。熱海は海岸線から山側へ向かって急勾配が続く「すり鉢状」の地形をしており、まとまった敷地を確保できる平地は極めて限られています。近年の観光人気V字回復に伴い、熱海駅前や中心街の商業地価は高止まりを続けており、1室あたりの建設コストを厳格に抑えて低廉な客室単価を実現する東横インのビジネスモデルでは、土地取得の利回りが合いません。
第二に、ビジネス需要(平日稼働)の決定的な不足です。東横インの収益基盤は、年間を通じて安定した稼働を見込める平日の出張ビジネスマンにあります。しかし熱海市は行政・産業の集積地ではなく、純粋な観光保養地です。週末や大型連休は満室になっても、月曜から木曜までの平日にビジネス客で客室を埋めることは極めて困難であり、通年稼働率80%以上を基準とする標準モデルを維持しにくい市場特性があります。
第三に、駐車場用地と建ぺい率・容積率のハードルです。東横インの多くは自走式立体駐車場を併設し、社用車移動の顧客にも対応しますが、坂道と狭小地が多い熱海市街地では駐車スペースの確保に莫大なコストがかかります。
第四に、熱海市独自の景観条例や温泉給湯のルールです。熱海市では歴史ある温泉街の風情を守るため、建築物の高さ制限や外観色彩基準が厳しく定められています。全国で均一な設計・資材調達によって建築コストを圧縮する東横インにとって、個別対応が求められる観光地仕様の設計は、コストパフォーマンスを著しく悪化させる要因となります。