涅槃像(涅槃仏)を正しく理解するためには、まず涅槃(ねはん=サンスクリット語でニルヴァーナ)という言葉が持つ本質的な意味を知る必要があります。涅槃とは、直訳すれば「吹き消すこと」を意味し、欲望や怒り、執着といったあらゆる煩悩の火が完全に消え去り、絶対的な静寂と平和に至った究極の悟りの境地を指します。
仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタ(釈迦)は、35歳で菩提樹の下にて悟りを開きました。しかし、生きている間は肉体を持つがゆえの苦痛や生理的制約が残るため、これを「有余涅槃(うよねはん)」と呼びます。そして80歳を迎え、肉体の死をもって完全に苦しみの輪廻から解き放たれた状態を「無余涅槃(むよねはん=大般涅槃)」と位置づけました。涅槃像とは、まさにこの大般涅槃に入る決定的な瞬間を可視化した仏像です。
お釈迦様の入滅の経緯は、仏典『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』に克明に記されています。高齢に達していた釈迦は、鍛冶屋チュンダが供養した料理によって激しい食中毒(あるいは赤痢性の重病)を発症し、激痛に耐えながら最後の布教旅を続けました。クシナガラの沙羅双樹(さらそうじゅ)の木の下にたどり着いた釈迦は、愛弟子のアナンダに寝床を整えさせ、静かに横たわったと伝えられています。
涅槃像が横たわっているのは、決して怠けて休息しているわけでも、単なる睡眠を描写しているわけでもありません。自らの死を悟った釈迦が、極限の肉体疲労と病苦の中にありながら、なお集まった弟子たちに最後の説法を説き、安らかに生涯を完結させようとする「人生最後の威儀(立ち居振る舞い)」を尊崇の念をもって写し取った姿なのです。