高市早苗氏のバイク史において、最大のハイライトとして語り継がれているのが神戸大学経営学部時代の過酷な通学エピソードです。当時、奈良県橿原市付近の実家から大学のある兵庫県神戸市六甲台キャンパスまで、およそ片道70kmの道のりを行き来していました。
電車を乗り継いでも長時間を要するルートですが、高市氏は愛車Z400GPを駆り、国道や山坂道を走破して通学路を駆け抜けました。当時の交通事情や一般道での渋滞を踏まえると、信号待ちや悪天候も含めて往復で約5〜6時間を要する過酷なツーリング通学だったと述懐されています。雨天時には全身ずぶ濡れになりながらも授業へ出席し、真冬の寒風にも怯まないスタミナは、すでにこの時代から別格でした。
加えて、大学時代の高市氏は軽音楽サークルに所属し、ヘヴィメタルバンドのドラマーとしてツーバスを激しく踏み鳴らしていました。重量級バイクの押し引きやキックスタート、クラッチ操作で培った並外れた握力と反射神経が、ドラムパフォーマンスにも直結していたといいます。このバイタリティは後の松下政経塾時代にも受け継がれ、バイクでの移動中にパンクのアクシデントに見舞われながらも現場に駆けつけたという逸話が残るほど、公私の行動力とバイクは分かち難く結びついていました。