1987年に映画『ハイカラさんが通る』で俳優デビューを果たしたものの、モデルとしての圧倒的な知名度が、役者への転身直後は大きな足枷となって立ちはだかります。当時のテレビドラマ現場では、ヒロイン役の女優と並んだ際に「身長が高すぎて画面に収まりにくい」という技術的な理由から、キャスティングを敬遠されるケースが相次ぎました。
二枚目モデルのイメージが先行し、演技の幅を狭められた結果、30代を前に仕事が激減。一時期はパチンコで生活費を稼ぎ、投資の失敗による多額の借金を抱えるなど、極めて厳しい下積み時代を余儀なくされました。それでも諦めることなく、小さな舞台公演や劇団の稽古に泥臭く参加し、地道に演劇の基礎を磨き直した経験こそが、後の名優の礎となったのです。