ソユーズ11号の悲劇と減圧事故の真相|宇宙飛行士3名が遺した教訓

ソユーズ11号の悲劇と減圧事故の真相|宇宙飛行士3名が遺した教訓

ソユーズ11号の悲劇と減圧事故の真相|宇宙飛行士3名が遺した教訓に関する専門家の意見を丁寧に解説いたします。

1971年6月29日21時28分(モスクワ時間)、ソユーズ11号はサリュート1号からアンドックし、地球への帰還軌道に入りました。大気圏突入に向けて順調に高度を下げていた高度約168kmの地点で、軌道船室および機械船を切り離すための火薬ボルト(爆破ボルト)が点火された瞬間、想定外の事態が発生します。

切り離しの衝撃波によって、通常は着陸直前の高度約4kmで機内外の気圧を均等にするために作動する圧力弁(換気調整弁)が誤って開放されてしまったのです。弁の直径は約1ミリ足らずの小さなものでしたが、真空の宇宙空間に対してカプセルの気密は瞬時に破綻しました。

記録されたテレメトリデータおよび調査委員会資料によると、船内の空気は凄まじい勢いで宇宙空間へと噴出していきました。気圧はわずか数十秒でほぼゼロ(真空状態)にまで急降下し、計器類のアラームが鳴り響く中、宇宙飛行士3名は激しい急性減圧症と低酸素状態による窒息死に至りました。

キャビン内に残された痕跡から、パツァーエフはシートベルトを外してバルブを手動で閉めようと必死に手を伸ばしていたことが判明しています。しかし、急激な減圧下では血液中のガスが気化して激痛を伴う塞栓を起こし、人間が意識を保てる時間(有効意識時間)はわずか10秒から15秒程度しかありませんでした。弁を完全に手動で閉鎖するには数分を要する設計となっており、彼らには打つ手が残されていなかったのです。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。