大相撲の土俵に女性が立ち入れない最大の根拠として語られるのが、神道における宗教的背景です。土俵は単なるスポーツの競技場ではなく、神が降り立つ神聖な結界(祭場)と位置づけられています。本場所の土俵祭りでは、中央に穴を掘って神酒、米、塩、勝栗、昆布、洗米などの「鎮め物」を埋め、御幣を立てて神を迎える儀式が厳格に執り行われます。
日本古来の神道思想では、死や病気、そして「出血」を生命力の衰退を象徴する「穢れ(けがれ)」として遠ざける観念が存在しました。特に出産や月経に伴う血は「産穢(さんえ)」「月穢(げつえ)」と呼ばれ、神事の場から一定期間隔離する習俗が中世以降の神仏習合の中で強化されていきました。この信仰形態が、相撲の土俵空間における女性排除の観念的土台となっています。
しかし、歴史学や民俗学の調査によると、歴史上すべての相撲が女人禁制だったわけではありません。室町時代から江戸時代初期にかけては、神社への奉納や庶民の娯楽として女性同士が取組を行う「女相撲」や、女性と盲目の男性が対戦する見世物相撲が広く興行されていました。
転換点となったのは江戸時代中期から明治時代です。江戸幕府による風紀取り締まりによって女相撲が見世物として制限され、職業相撲(勧進相撲)が男性中心の興行として組織化されていきました。さらに明治初頭、相撲が「野蛮な裸の格闘技」として欧米化の波の中で排斥の危機に瀕した際、相撲関係者は皇室の台覧相撲を実現させ、「古代からの由緒正しき国技・神事」として再定義することで生き残りを図りました。この近代化と神事相撲の純化プロセスの過程で、土俵の女人禁制が絶対的な伝統儀礼として強固に固定化されたと研究者から指摘されています。