清原和博の昔に驚愕!Pl・西武黄金期の怪物伝説と2026年現在の真実

清原和博の昔に驚愕!Pl・西武黄金期の怪物伝説と2026年現在の真実

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清原和博という打者の原点を語る上で、大阪・PL学園時代の伝説を避けて通ることはできません。1年生の夏から名門の4番打者に座り、甲子園に春夏連続で通算5度出場。積み上げた甲子園通算本塁打数13本という大記録は、半世紀近くが経過した現在も誰一人として破ることのできない不滅の金字塔です。特に1985年夏の決勝戦・宇部商戦で見せた、センターバックスクリーンへ叩き込む同点アーチをはじめとする規格外の打棒は、全国の高校野球ファンを戦慄させました。

そして、エース・桑田真澄氏との「KKコンビ」は、昭和末期の日本社会を象徴する青春のアイコンとなりました。しかし、その輝かしい高校生活のフィナーレを飾るはずだった1985年のドラフト会議で、昭和野球史に残る悲劇が起こります。

幼少期から王貞治氏に憧れ、「巨人一本」を公言していた清原氏に対し、桑田氏は早稲田大学進学を表明していました。ところがドラフト当日、巨人が単独1位指名したのは進学を表明していたはずの桑田氏でした。会見場で指名漏れの報を聞き、悔し涙をボロボロとこぼす清原氏の姿は、テレビ生中継を通じて日本中に放映され、列島に巨大な衝撃を与えました。この「ドラフト事件の真相」について、当時の巨人と桑田氏側の密約疑惑など様々な憶測が飛び交いましたが、清原氏にとっては「信じていた大人と友に裏切られた」という深い心の傷となり、その後の反骨心と孤独な闘争心の原点となったのです。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。