長きにわたり調査の手が及んでいなかった日吉神社の移転に伴い、佐賀県が着手した吉野ケ里遺跡 石棺墓 発掘調査は、全国の古代史ファンと考古学界に激震を走らせました。集落の中心部かつ最も高い丘陵尾根という特等地に位置しながら、神社が存在していたために未調査だった約1,500平方メートルの区域、通称「謎のエリア」。そこから姿を現したのは、長さ約2.3メートル、幅約0.65メートルの堂々たる石棺墓でした。
発掘現場の報道陣を最も驚かせたのは、蓋石の表面に刻まれていた複数本の「×」印の線刻(記号)です。これは埋葬された人物を邪気から守る辟邪(へきじゃ)の意味、あるいは被葬者の極めて高い身分を示す呪術的な記号と目され、単なる一般庶民の墓ではないことが確実視されました。しかも、過去に盗掘を受けた形跡が一切ない「完全な未盗掘状態」での発見でした。
しかし、全国が見守る中で慎重に行われた開口調査の結果、内部から豪華な副葬品や肉眼で確認できる人骨は現れませんでした。この結果に対し、ネット掲示板やSNSでは「空振りに終わった」「期待外れだった」といった性急な落胆の声が相次ぎました。だが、現場で指揮を執る調査員たちの見立てはまったく異なります。有明海沿岸特有の強い酸性土壌において、2000年近く前の有機物がそのまま残ることは極めて稀だからです。
その後行われた最新の微細探査および土壌の脂質・リン分析では、人間由来の生体反応を示す成分が検出されており、確かにここに高貴な身分の人物が葬られていたことが科学的に立証されています。「目に見える宝剣や骨が出なかった」という表面的な事実だけで調査の価値を計ることは、考古学の本質を見誤る行為と言えます。