高校の国語科教員や大手予備校の講師への聞き取り調査によると、現役生が『土佐日記』の「帰京」で最も混乱するのは、「語り手の人称と視点のブレ」および「感情の急激な暗転」です。
大手学習質問サイトや進学相談の現場では、毎年以下のような受験生のリアルな声が多数寄せられています。
「冒頭で『うれし』と言っているのに、なぜ急に荒れ果てた家への怒りになり、最後は娘の歌で終わるのか、感情の移り変わりが理解しづらい」(高2生)
「『家に預けたりつる人の心も荒れたるなりけり』の主語が誰なのか、隣人なのか筆者自身なのかテストで迷った」(共通テスト受験生)
この混乱の原因は、紀貫之が平安貴族の男性官人でありながら、あえて「女性の手による日記」という体を装って執筆しているという文学的枠組みにあります。公文書を漢文で論理的に記す日常から離れ、自分の内面の弱さ、他者への愚痴、愛娘を亡くした底知れぬ哀傷を、ありのままのひらがなで吐露したのが本作です。論理的な整合性ではなく、「感情の生々しい揺らぎ」そのものが文章化されている点に気づくことが、読解のハードルを一気に下げるブレイクスルーとなります。