命を預かる医療機関において、なぜ取り違えという致命的なミスが起きてしまったのか。その背景には、昭和20年代から40年代にかけての産科現場が抱えていた過酷な環境と、安全管理意識の未熟さがありました。
当時、日本は第1次・第2次ベビーブームの渦中にあり、ひとつの産院で1日に何十人もの赤ちゃんが誕生していました。現場の医師や助産師、看護師は多忙を極め、現在のような厳格なマニュアル管理は機能していませんでした。
決定的なミスを招いた最大の要因が「産湯(沐浴)」の運用です。当時は生まれたばかりの新生児をまとめて沐浴させることが一般的で、その際に足首や手首に付けていた油性ペンの識別札や布製のリボンを外してしまうケースが多発していました。
さらに、取り違えを防止するためのネームバンド装着確認のルールが形骸化しており、外した識別タグを別の赤ちゃんに付け替えてしまう、カルテの取り違えに気付かないまま授乳室へ連れて行くといった人為的ミスが日常的に潜んでいたのです。現場の過重労働と個体識別システムの不備が重なった結果、悲劇的な事故が防げずに起きてしまいました。