ネット上の議論や知恵袋などでは、「手書きできない国旗は旗章学(ヴェキシロロジー)的に欠陥ではないか」「国際大会で略記されるのは不名誉ではないか」といった極端な意見が見受けられます。しかし、これは現代の西洋中心的なコーポレート・アイデンティティ(CI)思考に偏った誤解です。
旗章学の基本原則には確かに「子供が記憶から描けるほどシンプルであること」という指針(北米旗章学協会などの提言)が存在します。日本の日の丸やフランスの三色旗はその好例です。しかし、中米やアフリカ、アジアの旧植民地国家にとって、国旗は合理的な記号である前に「民族の血統と生存の証明書」でした。
実際、国際連合の本部掲揚やオリンピックの開会式では、デジタル印刷技術の発展によってどれほど複雑な国旗であっても忠実に再現されています。外交儀礼(プロトコル)においても、国旗の紋章を省略することは相手国への重大な非礼にあたります。手作業で布を縫い合わせていた時代から精密デジタルファブリケーションの時代へと移り変わったことで、複雑な国旗は「描けない欠陥品」ではなく、「国家の深いアイデンティティを雄弁に語る美術遺産」として再評価されています。