名門の血筋を引く賀来千香子さんですが、その生い立ちは決して甘やかされたものではありませんでした。父親の稔晴さんは、旧富士銀行の幹部を務めた極めて厳格な人物であり、家庭内には常に規律と礼節が求められていました。昭和の良き企業戦士として奔走する父にとって、娘が芸能界という浮き沈みの激しい世界に進むことは、到底受け入れがたい選択だったのです。
女子美術大学短期大学部に在学中、スカウトをきっかけに雑誌『JJ』のモデルとして活動を始めた千香子さん。父親は当初猛反対し、家庭内には張り詰めた緊張感が漂いました。その際、父と娘の間に入って潤滑油となり、千香子さんの情熱を静かに支え続けたのが母親の良子さんでした。
やがてモデルからテレビドラマの世界へと活躍の場を広げ、過酷な撮影現場で泥だらけになりながら台詞を叩き込む千香子さんの本気度を目の当たりにした父・稔晴さんは、態度を一変させます。テレビの画面越しに娘の成長を誰よりも熱心に見つめ、晩年には手帳に娘の出演スケジュールを几帳面に書き留めて応援する最大の理解者となりました。厳格さの裏にあった深い愛情を知った千香子さんが、番組内で涙ぐむ姿は視聴者の胸を強く打ちました。