エロマンガ島は実在する?衝撃の名前の由来とバヌアツ現地の治安・行き方徹底検証

エロマンガ島は実在する?衝撃の名前の由来とバヌアツ現地の治安・行き方徹底検証

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エロマンガ島を「単なる珍名スポット」として軽々しく片付けてはならない重大な理由があります。この島は19世紀、西洋列強との接触によって南太平洋で最も壮絶な悲劇を経験した土地の一つだからです。

1820年代以降、エロマンガ島には高級香木である「白檀(サンダルウッド)」が大量に自生していることが判明しました。これに目をつけたオーストラリアや欧米の商人たちが大挙して押し寄せ、白檀を巡る暴力的な収奪、いわゆる「白檀戦争」が勃発しました。さらに、外部から持ち込まれたはしかや天然痘、インフルエンザなどの感染症に対し免疫を持たなかった先住民はバタバタと倒れ、当時約2万人〜3万人と推定されていた島民人口は、わずか数十年の間に2,000人未満へと激減したのです。

また、1839年にはロンドン宣教会の高名な宣教師ジョン・ウィリアムズがキリスト教布教のために上陸したものの、白檀商人たちの略奪に激怒していた現地住民によって殺害される事件が発生しました。このため、当時のヨーロッパ世界においてエロマンガ島は「殉教者の島(The Martyr's Island)」という恐ろしい異名で呼ばれることとなりました。

その後、2009年にはジョン・ウィリアムズの玄孫(子孫)がエロマンガ島に招かれ、かつて殺害に関与した部族の末裔たちと涙の和解を果たす歴史的な和解セレモニー(Reconciliation Ceremony)が執り行われました。島民たちは今なお、先祖が辿った過酷な植民地支配の歴史と、それを乗り越えて築かれた平和への誇りを胸に生きています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。