スポットライトを浴びる芸能人が、自身の精神疾患や発達障害を明かす行為には、今なお少なからぬリスクが伴います。スポンサー企業への配慮やパブリックイメージの固定化など、活動への制約を懸念する声は業界内でも根強く存在しました。それでもなお、自らの言葉で公表に踏み切った背景には、言語を絶する孤立感と、アイデンティティの再定義という切実なプロセスが存在します。
モデルや俳優として幅広く活躍する栗原類は、2015年5月に出演した朝の情報番組『あさイチ』(NHK)の生放送中、8歳の頃に米国で注意欠如障害(ADD)の診断を受けていた事実を明かしました。のちに発表した自著『発達障害の僕が輝ける場所をみつけた理由』(KADOKAWA)のなかで、冷蔵庫のお茶の位置が変わるだけでパニックを起こした幼少期の記憶や、約束の時間を守るために徹底したルール化を図る日常を詳細に述懐しています。「自分のような人間でも、周囲の環境や理解があれば社会で自立して仕事ができることを伝えたかった」という動機は、多くの当事者家庭に強い勇気を与えました。
日本を代表する音楽家となった米津玄師もまた、音楽誌『ROCKIN'ON JAPAN』(2015年11月号)の決定的なロングインタビューにおいて、20歳の頃に高機能自閉症(自閉スペクトラム症)と診断された経験を率直に語っています。幼少期から抱いていた「周囲との決定的な乖離」や、自分の肉体が他人の借り物であるかのような強烈な違和感に対し、診断を受けたことで「だから自分はこうだったのかと腑に落ちた」と吐露しました。彼の独創的で緻密な歌詞世界やメロディラインは、自己と他者との距離感を痛切に見つめ直した軌跡そのものであり、公表はクリエイターとしての純度を世に提示する必然的な通過点だったと言えます。