ノーベル賞週間を迎えると、韓国の三大日刊紙である『朝鮮日報』『東亜日報』『中央日報』をはじめとする韓国メディアのノーベル賞報道は、一斉に日本関連の特集を組み始めます。その筆致は、日本のネット上で想像されがちな「一方的な批判」や「悔し紛れの軽視」とは大きくかけ離れており、むしろノーベル賞日本人受賞に対する韓国の反応の9割以上は「驚嘆」「羨望」「猛烈な自省」で占められています。
現地の主要紙社説には、毎年判を押したように次のような見出しが躍ります。
「またも日本が受賞……韓国の基礎科学はどこへ向かうのか」(朝鮮日報)
「日本が誇る『オタク気質』と100年の蓄積を見習え」(東亜日報)
こうした報道の背後にあるのは、同じアジア圏でありながら、欧米勢と肩を並べてノーベル自然科学賞の日本人受賞者を累計25名以上(アメリカ国籍取得者を含む)も輩出してきた日本の厚みに対する畏れです。現地大統領府や科学技術情報通信部(日本の文部科学省・経済産業省に相当)に対しても、「いつまで目先の応用技術ばかりに補助金を注ぎ込むのか」という厳しい追及の矛先が向けられます。
オンライン対話プラットフォームや大手ポータルサイト「NAVER(ネイバー)」、「Daum(ダウム)」のコメント欄、さらには若年層が集う大型掲示板「エフェムコリア(FM Korea)」や「DCインサイド」におけるノーベル賞韓国ネットの反応を分析すると、その空気感はより赤裸々です。
「正直に言って悔しいが、日本の基礎研究層の厚さは認めるしかない」「サムスンや現代(ヒョンデ)が世界で売れても、ノーベル賞はカネと短距離走では買えない証拠だ」「我が国の大学はノーベル賞の発表台座だけ先に作って、20年間空席のまま記念写真を撮っている」といった辛辣な自虐コメントに何千もの賛同票(高評価)が集まります。かつて存在した感情的な反発を通り越し、自国の政策の浅薄さを嘆く声が圧倒的多数を占めているのが実情です。