因果律の反対概念を掘り下げる際、自然科学とは異なる地平から「非因果的」な現象に光を当てたのが、心理学者カール・グスタフ・ユングです。ユングが提唱したシンクロニシティ(Synchronicity:共時性)は、ネット上ではしばしば「オカルトめいた偶然の一致」と矮小化されがちですが、その共時性理論の経緯を辿ると、第一級の物理学者との共同研究から生まれた極めて知的な試みであることがわかります。
ユングの対話相手となったのは、パウリの排他律でノーベル物理学賞を受賞した天才物理学者ヴォルフガング・パウリでした。二人は1930年代から20年以上にわたって濃密な往復書簡を交わし、精神(内面)と物質(外界)を結ぶ架け橋を模索しました。ユングが自著や手記で語った象徴的な臨床観察記録があります。ある知的な女性患者が、行き詰まった治療の中で「黄金のスカラベ(フンコロガシ)」を贈られる夢を語っていたまさにその瞬間、診察室の窓をコツコツと叩く昆虫が現れました。窓を開けると、その地域では極めて珍しい黄金色の甲虫(ヒメコガネ)が室内に飛び込んできたのです。
物理学的な因果関係(原因と結果の物理的連鎖)から見れば、患者の夢と昆虫の飛来の間には何の因果律も働きようがありません。しかし、患者の心理的変容にとって、この出来事は決定的な「意味深き一致」として機能しました。ユングはこれを「非因果的連関の原理」と名付けました。
ユングとパウリが到達した結論は、世界を説明する座標軸として「因果律」と対立する位置に「シンクロニシティ」を置き、両者が相互に補完し合うことで初めて世界の全体像が把握できるという壮大なモデルでした。因果律が「過去から未来への力学的・時間的な必然性」を司るのに対し、シンクロニシティは「時間を超えた意味の等価性」を司る概念です。「因果律の対義語」としてシンクロニシティが挙げられる深層には、単なる偶然の片付けを超えた、人間の精神と現実の交差点を見出そうとした学術的闘争が存在しています。