宇多田ヒカルの母親である藤圭子さんは、1970年代の日本歌謡史に深い爪痕を残した不世出の歌手です。1969年に『新宿の女』で鮮烈なデビューを果たすと、翌年リリースした『圭子の夢は夜ひらく』が大メガヒットを記録。可憐な美貌とは裏腹に、世の底辺を生きる人々の情念や痛みをえぐるようなハスキーボイスは「怨歌(えんか)」と称され、一大社会現象を巻き起こしました。
藤圭子の経歴と歌唱力を語る上で外せないのが、オリコンチャートにおけるファーストアルバム『新宿の女』の20週連続1位、そして間髪を入れずセカンドアルバム『女のブルース』が記録した17週連続1位という前人未到の記録です。通算42週にわたってチャートの頂点に君臨し続けたこの大記録は、半世紀以上が経過した現在も歴代1位として破られていません。
浪曲師の父と盲目の三味線弾きである母の間に生まれ、幼少期から門付(かどづけ)として巡業を強いられた過酷なバックボーンが、彼女の歌声に計り知れないリアリティと哀哀たる陰影を与えていました。ヒカルの歌声に宿る「切なさの磁力」は、間違いなくこの偉大な母から直接受け継がれた天賦の才です。