林道や登山道、農地などで「小さな子グマが1頭だけでトコトコ歩いていた」という目撃談が頻繁に聞かれます。この状況こそが、専門家が最も戦慄するシチュエーションです。結論から言えば、「子グマの単独行動など野生下ではあり得ない」というのが生態学の常識です。
子グマは旺盛な好奇心を持っており、昆虫や木の実を追って母親から数メートルから数十メートルほど先行して歩き出してしまうことがあります。しかし、母熊は決して子供を見失っていません。視界の効かない茂みの奥、数メートル背後の風上、あるいは頭上の立ち木の上から、我が子の動向を鋭い嗅覚と聴覚で常時監視しています。人間側が「迷子の小熊かな?」と気を緩めて立ち止まったり、近寄ったりした瞬間、人間は「子グマと母熊の間に割り込んだ侵入者」という最悪の位置関係(サンドイッチ状態)に陥ります。
野生動物行動学において、母親と子供を結ぶ空間的・心理的境界線は不可侵のサンクチュアリです。人間がそのラインを踏み越えたと判断された瞬間、母熊は一切の猶予なく茂みから飛び出し、人間を挟み撃ちにする形で襲いかかります。「子グマを見たら、半径50メートル以内に必ず怒り狂った母熊が潜んでいる」と想定しなければなりません。