浜田雅功さんの出身高校は、三重県津市(旧・一志郡白山町)に位置する私立の日生学園第二高等学校(現・青山高等学校)です。1970年代から1980年代にかけて、全国から集まった問題児や不登校児、非行傾向にある生徒を更生させる全寮制スパルタ教育施設として全国的にその名を知られていました。
当時の偏差値は概ね35〜40前後と学力面でのハードルは低かったものの、精神的・肉体的な負荷の高さは日本国内でも類を見ないレベルでした。早朝4時台の起床から始まる分刻みのスケジュール、外部との通信遮断、テレビや雑誌の所持禁止など、外界から完全に隔離された環境下で生徒たちは過酷な規律に縛られていました。
過酷な全寮制生活のタイムスケジュールと日常
当時の日生学園第二高校における生活は、徹底した管理主義に基づいていました。起床と同時に始まる「全力疾走での点呼」、素手とトイレットペーパーのみを使って便器を磨き上げる「早朝清掃」、大声を張り上げての校歌斉唱や「心行」と呼ばれる精神修養など、心身を極限まで追い込むプログラムが組まれていました。