長年使い込まれた寸胴鍋の底に沈むタレは、なぜあれほどまでに人を惹きつけるのか。長年「職人の勘」と片付けられてきたこの領域に、近年フードサイエンスの光が当たり始めている。
秘密は、糖とアミノ酸が熱によって結びつくメイラード反応の反復にある。豚バラ肉や肩ロースから溶け出したイノシン酸が、醤油のグルタミン酸と衝突する。さらに、加熱と冷却のサイクルを経るごとに遊離脂肪酸がタレ全体に微細な粒子として乳化し、角の取れたまろやかな口当たりを生み出す。古びた壺の中で起きているのは単なる保存ではない。旨味成分が幾重にも折り重なる、極めて緻密な化学変化なのだ。