『黒船屋』がいかにして誕生したのか、その制作背景には夢二の生涯で最も過酷な愛の喪失がありました。当時、夢二は日本橋の紙問屋の娘であり最愛の女性であった笠井彦乃と激しい恋に落ちていました。しかし、彦乃の父親から強硬な反対に遭い、二人は京都で一時同棲を果たしたものの、彦乃は結核に倒れて東京の病院に強制隔離されてしまいます。
手紙の検閲や面会謝絶のなか、病床の彦乃と会うことすら許されなかった夢二の前に現れたのが、東京美術学校のモデルを務めていた15歳年下の女性、お葉(永井カ子)でした。夢二はお葉と同棲を始め、彼女をモデルに据えながら、制作に没頭します。しかし、カンバスに向き合う夢二の脳裏に焼き付いていたのは、今まさに病魔に蝕まれ消えゆこうとしていた彦乃の姿でした。
当時の日記や近年再調査された書簡には、狂おしいまでの懊悩が綴られています。タイトルにある「黒船」とは、単なる異国の船を意味するものではありません。大正という変革の時代において、運命を根底から揺るがし、自らの平穏を奪い去っていく「抗えない運命」「死の予感」の象徴であったと解釈されています。実際、本作が完成した翌年の1920年(大正9年)1月、彦乃はわずか23歳の若さで息を引き取りました。お葉という生身の肉体を借りて、死にゆく彦乃への届かぬ鎮魂歌として描かれたからこそ、『黒船屋』には他の美人画にはない凄惨なまでの哀憐が漂っているのです。